INTERVIEW

Conversation between KAF / KAIKA and PIEDPIPER

花譜/廻花とPIEDPIPERの対談

2018年にバーチャルシンガーとしてデビューした花譜。デビュー当時はキズナアイをはじめとしたVTuberの隆盛期であり、バーチャルシンガーという存在がまだ一般的ではない中、その稀有な歌声で瞬く間に人気を獲得。その勢いは止まることはなく、2022年にバーチャルシンガーとして初めて日本武道館でソロライブを開催し、そして2024年には国立代々木競技場 第一体育館でのワンマンライブを成功させた。そんな彼女の活躍は、間違いなく、これまでの音楽シーンに新しい風を吹かせたと言えるだろう。

そんな花譜が今、大きな岐路に立っている。これまでアバターを通して活動してきた彼女が、自身のリアルな姿で音楽活動を行う“廻花”(かいか)をスタートしたのだ。発表した当初、当然のごとく、廻花に対するファンのリアクションは様々だった。しかし、バーチャルシンガーとしてデビューして約5年、デビュー当時14歳だった彼女は20歳を迎え、大きな覚悟と共にアーティストとしての変革の季節を迎えようとしている。

本稿では、花譜と彼女のプロデューサーであるPIEDPIPERの二人にインタビューを行い、前後編のテキストで廻花が始動した背景を紐解いていく。前編は、彼女が花譜の活動の中で抱いてきた葛藤と、廻花に繋がるクリエイターとしての目覚めを届けたい。

私はいらないんじゃないか ─ 活動の中で芽生えた葛藤

─ 2024年1月14日に国立代々木競技場 第一体育館にて行われた花譜さんの4th ONE-MAN LIVE『怪歌』にて、新しい活動形態となる“廻花”が始動しました。廻花では、作詞・作曲を花譜さん自身が行い、アバターではなくオリジン(本人)の容姿に近い形での活動になります。まずは、このプロジェクトの始まりについて教えてください。
PIEDPIPER(以下、P):花譜が高校に入学してからすぐの頃、自分で書いた曲をマネージャー経由で渡してくれるようになったんです。初めて曲を聴いた時は荒削りな印象がありながらも、同時にすごく面白い言葉の感性を持っているなと感じました。
彼女の中には歌の才能があると確信していましたが、それとは別に自分の中にある感情を楽曲として表現する才能もあるのではないかと気が付いたんです。その可能性を模索するという意味で、高校の3年間をかけて沢山の曲を書いてもらい、定期的に聴かせてもらうようになりました。そこが廻花のスタート地点だったように思います。
─ 花譜さんが曲を書き始めたきっかけは?
花譜:中学2年生か、3年生の頃にギターを買ってもらって、触っているうちに自分でも曲を作ってみたいなと思って始めました。その当時から誰かに聴いてもらいたいとは思っていたんですけど、私の中で自分で作った曲と花譜の活動が結びついてはいなくて。もしやるのであれば花譜とは別の場所がいいんだろうな、みたいなことを漠然と考えていました。とは言っても、作り始めた頃はどちらかと言えば自己満足のために作っていたように思います。

P:せっかく素敵な曲を作ってもらっていたので、どこかで発表する場を作ってあげたい気持ちはずっと持っていました。でも、その当時展開していた花譜の表現の方向性と彼女が作る曲には大きなギャップがありましたし、僕もその当時はアウトプットのイメージを掴めていなかったというのが正直なところです。どこか花譜の節目となるタイミングで出したいと考える中で、日本武道館でライブ(3rd ONE-MAN LIVE『不可解参(狂)』)を開催することが決まって。ここでやるべきではないかと、約1年ほど時間をかけて花譜と一緒に曲の壁打ちをし始めました。それが『不可解参(狂)』の最後に“バーチャルシンガーソングライター 花譜”として披露した「マイディア」です。そこからカンザキイオリくんが(花譜のメインコンポーザー及びKAMITSUBAKI STUDIOからの)卒業を発表した『不可解参(想)』で、第二弾となる「リメンバー」を披露しました。

“バーチャルシンガーソングライター”としてこれからも花譜に内包する形でこの創作を続けていくのか、それともアーティストとして別のラインを作って同時並行でやっていくのか。そこは数年前からずっと考えていたのですが、カンザキくんの卒業の話が出てきた頃から2ラインで同時展開していくイメージが湧いてきたんです。そこから彼女と沢山話をさせてもらって、廻花の構想が固まっていきました。
─ 廻花という名前はどんなところから生まれたんですか?
P:“かいか”というフレーズはどこかで使いたいとはずっと考えていて、僕から新しい活動形態の名義にするのはどうかとまず花譜に打診しました。僕は花開くの“開花”をイメージしていたのですが、花譜から“廻る花”にしたいと提案があって、すごくセンスを感じたので是非“廻花”でいこうと決めたんです。

花譜:花って種から芽が出て花が咲いて、そこから散ってまた種になっていくサイクルをずっと繰り返しているじゃないですか。成長の過程で目に見える姿はどんどん変化していくけど、本質は何も変わっていないと思うことがあって、そこが私の活動にも少しリンクするなと。でも、花は必ず散るので有限の象徴でもあるなと思ったんです。私の中で丸いものや円って終わりがないイメージがあって、散らずにずっと咲き続けていきたいという願いも込めて、廻る花で廻花でどうですかとPIEDPIPERさんに提案しました。
─ 確かに、様々な姿で活動する花譜さんを体現しているような名前ですね。この5年間、花譜というアバターを通して活動してきた中で、ご本人の容姿を前に出すことは大きな決断だったように思います。ファンも複雑な心境になるというか。
P:バーチャル分野の仕事に関わっている以上、オリジナルの人間とアバターという要素からは離れることはできないんですけど、僕はバーチャルアーティストやVTuberに対する“中の人”という呼び方にずっとなんとなく抵抗感を持っていました。

でも細田守監督の『竜とそばかすの姫』を見た時に、アバターの内側の存在に対して“オリジン”という表現が使われていて、僕の中でもその呼び方がすごくしっくりきたんです。

KAMITSUBAKI STUDIOの考え方としては、オリジンが拡張した先にバーチャルの新しい表現や発明があると捉えているんですね。誰かがキャラクターを演じているのではなく、オリジンがいて、その人の可能性自体を広げてくれる、機能拡張してくれる選択肢のひとつとしてアバターがあるというか。
そこに上下関係や優劣があるわけではなく、バランスを取りながら並行して活動をしていくのが、次世代アーティストのひとつの在り方なのではないかと。そういう考えの上で、花譜以外のアーティストでもアバターとオリジンの関係性を発展させるような新しい表現への挑戦はずっと続けてきました。例えばVALISもその大事なひとつですね。
リアルとバーチャルを行き来するXTUBER的な存在は今後当たり前になっていくと思っていて。
本当に興味深いです。

廻花に関しても、完全にオリジンというわけではなく、よりオリジンに近い存在として登場した活動形態です。花譜と同じように廻花でも映像やテクノロジーを駆使していこうと考えているので「オリジンそのもの」という位置付けではなく、“バーチャルシンガーの進化系”という形で発表していて、お披露目のステージでも様々な技術を駆使してその部分は強く表現できたと思っています。ただ、あくまでこれは僕の考え方であって、アバターとオリジンの関係性はアーティストにしても、ファンにしても、人によって様々な捉え方があるので、正解がひとつだけという訳ではないんですよ。
─ 『怪歌』のMCで花譜さんは、現在の活動する中で生まれた葛藤のお話をされていたと思います。アバターを通すことで、自分自身の弱い部分や見せられない部分を隠しているような後ろめたさをどこか感じていたと。
花譜:最初に言っておきたいのは、廻花を始めるにあたって、花譜の活動に対してネガティブな気持ちになったとか、辞めたいという気持ちは一切ないんです。すごく言葉にすることが難しいんですけど……私の中で花譜は“みんなで作っている”という感覚をずっと持っていて。もちろん、そのチームの一員であることは誇りだと思っている反面、何かを褒めてもらったとしても、そのすべてを私自身に向けられた言葉として素直に受け止められないこともありました。

それに、花譜としては見せてはいけない部分、言ってはいけないであろう気持ちも私の中にはあって。これを伝えたらみんな困ってしまうだろうなということを、衝動的に言いたくなる瞬間もあったんです。もちろん、花譜の活動をする上で意図的に何かを取り繕ったり、偽ったりすることは勿論ないんですけど、たまに「花譜だったらこうするかな」みたいなことを自然と考えているというか、みんなが思う“花譜像”を崩さないようにと思うこともあって。
─ 無意識的に花譜のイメージを守っていたというか。
花譜:はい。もともと私の中には単純に“歌うことが好き”という気持ちしかなかったんです。でも、花譜としてみんなに伝えたいこと、伝えるべきことはもっとスケールが大きなことで。こういう活動をする前の私だったら絶対に言わないというか、言えないことを花譜として発信していることにも最初の頃は違和感を持っていました。でも、そういう葛藤だけではなくて、ライブでお客さんの顔を見たり、応援してくれる声を聞くたびに、花譜を通さなくても大きなことを伝えられるような自分でありたいと思えるようになっていったんです。そうやって花譜への向き合い方や考え方がどんどん変わっていく中で、そういう最初の頃の葛藤もとても少なくなっていったように思います。

あと、V.W.Pというグループができて、私と似ている境遇の仲間ができたこともすごく大きくて。今みたいな気持ちを共有できる場所ができました。それ以前は自分の口下手さも相まって、なかなか本心を伝えきれないこともあって。私の語彙力じゃ伝えきれない、わかってもらえないんだろうなと諦めちゃうことも多かったんですよ。
─ 花譜さんは14歳からVシンガーとしてデビューして、中学生から大人になる多感な時期をアバターと共に過ごすという、あまり前例のない人生を送ってきたように思います。年齢を重ねる中で活動への考え方や向き合い方に変化があるのも当然のように思います。
花譜:花譜の曲はずっと大好きだし、もっとみんなに聴いてほしい。これからも頑張るつもりです。でも、約5年活動してきて、私のすべてが花譜のために存在しているのかなと考えることもあって。「みんなが見ているのはあくまで花譜」という意識が大きくなっていくにつれて、私自身はいらないんじゃないかと思うこともありました。
でも、自分で音楽を作りたい気持ちはずっと強く持っている。だからこそ、自分自身で作った曲を花譜として歌うこと、語ることが私の中でしっくりこないんですよね。
もちろん、花譜として届けたとしても曲の中に私の欠片は残っているんですけど、突き詰めていくとやっぱりちょっと違うなって思うんです。

私の中で廻花は花譜のイメージから離れた場所にあって。そもそも私が作る楽曲もすごくパーソナルなことを歌っていますし。
でも思うのは、きっと廻花で曲にする感情の一部は、花譜の活動をしたからこそ生まれてきたものなんですよね。別の場所にはあるけど、元を辿ると花譜とはどこかで繋がっている。花譜と廻花は全く別のものではないのではないか、と最近思うようになりました。

廻花に至ったのは必然的だった ─ クリエイターとしての目覚め

P:花譜本人が、自分自身をアウトプットしたいと思っているのは、アーティストの初期衝動の話だと思うんです。アーティストとして、それはすごく大切にすべき気持ちだと思うんですよね。

ただ「歌を歌いたい」という気持ちからはじまった当初、10代の頃にはその衝動まで辿り着いてはいなかった。だからこそ、たくさんのプロデューサーやクリエイターがプロジェクトに参加することができたし、それによって活動の幅を広げることができたのだと思います。

でも結果として、“花譜”というプロジェクトに思い入れのある人が増えれば増えるほど、本人自身は「花譜は自分だけのものではない」という感覚が強くなってしまったのかなと。 それはそれで別に間違ってないなと思うんです。 当たり前の人間の感情というか。
─ 確かに、初期衝動という表現はしっくりきますね。今までの歌手としてのキャリアではなく、クリエイターとしてのスタート地点に立ったというか。
P:一般的なアーティストは、初期衝動から一人でクリエイティブを始めていって、そこから規模が大きくなるにつれて周りの人もどんどん増えていき、その中で作品は一人ではなくチームで作っていくものなんだと認識していくと思うんです。

でも、花譜の場合はその順番が逆転していて、みんなで作るという考え方が最初の前提になっていた。活動や認知が急速に広がっていく中で、色々なものを受け入れていくような形だったんです。

だからこそ今、自分の力で何かを作って届けたいという、クリエイターのスタート地点に立ったというか。ある種、ビジネスとは離れた場所で、自分の表現を追求する時期になったのだと僕は捉えています。そういう意味では、廻花に至ったのは必然的だったなと思うし。
─ プロデューサーとしてのスタンスは、花譜と廻花でどう違うのでしょうか?
P:花譜は多くの人のクリエイティブやサポートが入っている分、エンターテインメントとして刺激的で面白い表現になって欲しいし、それは本人自身もすごく気に入ってくれていると思います。やっぱりカンザキくんと積み重ねてきた歴史、『組曲』で作ってきた花譜の新しい表現、これから複数のコンポーザー達と一緒に作っていく花譜の未来も変わらずに大事にしていきたいと思っています。

廻花は花譜とは逆で、よりストイックに表現を突き詰めていくというか、彼女の初期衝動をどう増幅させていくのかがプロデュースする上では大事になっていくのかなと。彼女自身のコアな部分から出力していくというスタイルになるので、花譜とは明確に違う作品性が世に出ていくと思います。とはいえ、廻花はライブができるほどの完成度の楽曲をまだ沢山は作れてはいないので、もうしばらくは花譜のライブのセクションの一つとして見せていくことにどうしてもなるでしょうね。
でも、これから1年くらい活動を積み上げていけば廻花としてのワンマンライブができるようになると思うので、そこに向けての準備を焦らずしっかりしていきたいです。
─ 表現のベクトルが全く違うのは、一粒で二度美味しいみたいな、ますます多面的な花譜さんの表現に触れることができそうですごく楽しみです。
P:ありがとうございます。花譜はKAMITSUBAKI STUDIO設立前から一緒に活動してきて、バーチャルシンガーとしてのキャリアもすごく長いから、活動に対して色々と考えるタイミングはたくさんあったと思います。それは近くでサポートしてきた僕たちも感じていたことですし、その上でどうしていくかを常に一緒に考えながらここまでやってきました。
きっと花譜もこれまでの活動に強い思い入れはあると思いますし、それであればどちらかの活動に絞るという選択ではなく、並列して動かすことで相互的に高め合っていくような活動、関係性ができたらいいのではないかと思っています。

花譜:私の中でも花譜を辞めるという選択肢は全然ないです。廻花として、花譜として、どちらもすごく大切にしながら今後も活動していきたいです!
後編は廻花として初めてファンの前に立った時の心境と、同プロジェクトの未来についてのトークをお届けする。
intervewer:泉夏音(blueprint)